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松山地方裁判所 昭和39年(ワ)153号 判決

主文

1  原告西原守と被告ら間において、別紙目録一から六の山林及びその上にある立木が同原告の所有であることを確認する。

2  原告西原守と被告三橋春男間において、別紙目録八の建物が同原告の所有であることを確認する。

3  原告西原梅五郎と被告三橋春男間において、別紙目録七の山林、その上にある立木及び同目録九の建物が同原告の所有であることを確認する。

4  被告三橋春男は、原告西原守に対して、別紙目録一から六の山林につき、

(一)  松山地方法務局昭和三九年四月九日受付第一〇八一五号の所有権移転請求権保全仮登記

(二)  同法務局同年六月二六日受付第一九五七二号の所有権移転登記

の各抹消登記手続をせよ。

5  被告高井久夫は、原告西原守に対して、別紙目録一から五の山林につき、松山地方法務局昭和三九年四月二八日受付第一二六九四号の所有権移転登記、及び、同目録六の山林につき、同法務局同年五月二日受付第一三一六七号の所有権移転登記の各抹消登記について、それぞれ承諾せよ。

6  被告高井久夫に対する原告西原守のその余の請求を棄却する。

7  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、原告守

1  主文第一・二項及び第四・五項。

2  被告高井は、原告守に対して、主文第四項掲記の各抹消登記をするについて、承諾せよ。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二、原告梅五郎

1  主文第三項。

2  訴訟費用は、被告三橋の負担とする。

三、被告三橋

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

四、被告高井

1  原告守の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告守の負担とする。

(原告らの請求原因)

一、原告守は、別紙目録一から六の山林、その上にある立木及び同目録八の建物を所有している。

二、ところが、別紙目録一から六の山林について、次の各登記が経由されている。

(一)  目録一から五の山林

1 松山地方法務局昭和三九年四月九日受付第一〇八一五号の所有権移転請求権保全仮登記(原因同年同月三日売買予約、権利者被告三橋)

2 同法務局同年同月二八日受付第一二六九四号の所有権移転登記(原因同年同月二五日売買、取得者金子幸男)

3 同法務局同年五月一三日受付第一四四五三号の抵当権設定登記(原因同年同月六日金銭消費貸借についての同日設定契約、債権額三〇〇万円、利息年一割五分、遅延損害金年三割、債務者金子幸男、抵当権者被告高井)

4 同法務局同年六月二六日受付第一九五七二号の所有権移転登記(原因同年同月二五日売買、所有者被告三橋)

(二)  目録六の山林

1 右の1と同じ。

2 同法務局同年五月二日受付第一三一六七号の所有権移転登記(原因同年四月三〇日売買、取得者金子幸男)

3 4} 右の3・4と同じ。

三、しかし、前項の各登記の原因は、次のとおりいずれも無効である。

(一)  各1の登記関係

原告守は、被告三橋との間で、別紙目録一から六の山林(その地上立木と同目録八の建物とも)を売渡す約束をしたことはない。

(二)  各2の登記関係

金子幸男は、昭和三九年四月二五日、原告守に対し「被告三橋との法律関係を有利に解決するため、金子名義に移転登記しておくべきだ」と甘言を弄したので、原告守は、これを信じて、金子に売渡した旨の所有権移転登記を経由した。したがつて、原告守と金子間の売買は、通謀虚偽表示によるものである。

(三)  各3の登記関係

被告高井は、原告守と金子間の右法律関係を熟知しながら、形式上の所有名義人である金子に対し、三〇〇万円を貸与したごとく仮装し、抵当権設定登記を経由したに過ぎない。

(四)  各4の登記関係

金子は、被告三橋に対して、別紙目録一から六の山林を売渡した事実はない。

四、よつて、原告守は、被告三橋に対して、別紙目録一から六の山林、その上にある立木及び同目録八の建物の所有権確認と第二項の各1・4の登記の抹消を求め、被告高井に対して、同目録一から六の山林の所有権確認と第二項の各1・2・4の抹消登記につき承諾すべきことを求める。

五、原告梅五郎は、別紙目録七の山林、その上にある立木及び九の建物を所有している。

六、しかるに、被告三橋は、これを買受けたと称して、原告梅五郎の所有権を争うので、その確認を求める。

(被告らの答弁)

請求原因中、原告ら主張の各物件がもとそれぞれ原告らの所有であつたこと、及び原告ら主張の各登記が経由されたことは認めるが、その余は争う。

(被告三橋の主張)

一、被告三橋は、昭和三九年三月二三日、原告らの代理人である藤岡嘉富との間に、次のような売買契約を締結した。

物件      別紙目録一から七の山林(その上にある立木及び同目録八・九の建物を含む。)

代金      二、〇〇〇万円

支払方法    手付金五五〇万円(即時支払済)

五〇〇万円  同年四月二五日支払

九五〇万円  同年六月二五日〃

なお、原告守は、当時原告梅五郎所有の別紙目録七・九の物件を売買する権限を有していた。

二、仮に、藤岡に別紙目録一から七の山林を売買する代理権がなかつたとしても、原告守は、藤岡に対して、右山林を担保として第三者から金銭を借用する代理権を与えていたところ、藤岡は、その権限を越えて、昭和三九年三月二三日、被告三橋に対して、みずから原告守と名乗つて、前項の売買契約を結び、その際、売買契約書(乙第一号証)に原告守から預つていた実印を押捺し、かつ、同様預つた原告守の印鑑証明書と白紙委任状を交付している。被告三橋としては、当然藤岡が原告守本人であり、右山林の処分権があると信じたものであり、そう信ずるについて正当の事由がある。

したがつて、民放一一〇条の表見代理によつて、藤岡のした右売買契約は、原告らについて有効である。

三、ところで、本件訴訟係属後、原告守が金子幸男に対して別紙目録一から六の山林を二重に売買し、その登記を経ていることが判明した。そこで、被告三橋は、昭和三九年六月二五日、金子から、右山林を、代金は一、〇四〇万円、内金一〇〇万円即時支払、残金は本訴において原告守が金子・被告高井との関係で敗訴(確定)した後に支払うとの約束で買受け、同年同月二六日所有権移転登記を経由した。

(被告高井の主張)

原告ら主張の抵当権の基となる三〇〇万円は、被告高井が金子幸男に交付した。その経緯は次のとおりである。

1  最初、原告守(金子及び古田政夫が代理として)から被告高井に対して、別紙目録一から六の山林を担保に金を貸してくれとの申込があつた。

2  被告高井は、原告守本人について、その賃借の意思及び金子が代理人であることを確認した。

3  その間、右山林が金子名義になつていることが判明したが、原告守は、金子名義のまま他に売却する意思を表明した。

4  そこで、被告高井は、右山林を一、五〇〇万円で買受ける契約をし、手附金として三〇〇万円を金子に手交し、この三〇〇万円の権利を確保するため、右山林に抵当権設定登記を受けた。右金銭は、手附金と貸付金を兼ねたものである。

5  右金銭の法的な取引は、右山林の所有名義人である金子となすべきである。

6  仮にそうでないとしても、原告守が金子名義の山林を担保とする借入金を認めたことは、当然金子に代理権がある。

7  しかし、被告高井は、念のため、金子及び原告守の前で、「二人の間の取引は知らないが、一応名義人の金子に渡すから、そちらで御自由に」と云つて、三〇〇万円を金子に手交したのである。

(被告三橋の主張に対する原告らの反論)

一、原告らは、藤岡嘉富に対して、別紙目録一から七の山林売買の代理権を与えたことはない。同人に対しては、原告守が右山林を担保に一、五〇〇万円を借用する代理権を与えていたに過ぎない。

二、被告三橋の主張する売買契約の経緯は、次のとおりである。

原告守は、金融斡旋を受けるため、藤岡に印鑑証明書と担保権設定の委任状二通(甲第一三号証の一一のうち冒頭のものと同号証の一二)を交付したが、藤岡は、被告三橋と売買契約を締結する直前、原告守を欺罔して同人の印鑑を預り、これを利用して売買契約書(乙第一号証)を作成した。但しその際、藤岡は、原告守の代理人であることを明言したが、右委任状は被告三橋に示したり交付したりしていない。右契約書には目的物件として「原告守所有の山林六筆、原告梅五郎の山林一筆と右番地内の建造物一切を含む」と記載されているが、別紙目録七の山林上には同目録八の建物(一棟は登記済)、同目録二の山林上には同目録九の建物がそれぞれ存在し、これらについては、被告三橋は、契約日の午前中現地を見分していながら、所有者・構造を確かめずに、漫然と「建造物一切」で片付けている。しかも、原告梅五郎所有の別紙目録七の山林は、原告守所有の山林六筆の入口を扼する位置にあつて、前者を入手しなければ、後者の宅地造成は不可能であつて、被告三橋は、両者を一括して買受けているにもかかわらず、契約書には原告梅五郎の署名が存しない。別紙目録一から七の山林は、宅地造成地として当時最低四、五千万円の価格があり、不動産業者である被告三橋は、これを知つていたので、他の業者の買取りをおそれ、未知の原告ら本人につき調査もせずに、急拠その半値の二、〇〇〇万円で買受けたのである。

三、本件のような高額な不動産取引に当つては、買主たる不動産業者は、直接売主本人に照会する等代理権の有無を確かめるべき取引上の義務がある。被告三橋は、これを怠つて漫然藤岡と売買契約を締結したもので、藤岡にその代理権があると信じたとしても、そう信ずるについて重大な過失があり、民法一一〇条の表見代理は成立しない。

(証拠関係)(省略)

理由

第一、争いのない事実

原告守が別紙目録一から六の山林、その上にある立木及び同目録八の建物を所有し、原告梅五郎が同目録七の山林、その上にある立木及び同目録九の建物を所有していたこと、並びに、同目録一から六の山林について、原告ら主張の原因によつて、

(い)  昭和三九年四月九日、被告三橋のため所有権移転請求権保全仮登記

(ろ)  同年同月二八日(但し、目録一から五の山林)及び同年五月二日(但し、目録六の山林)、金子幸男のため所有権移転登記

(は)  同年五月一三日、被告高井のため抵当権設定登記

(に)  同年六月二六日、被告三橋のため所有権移転登記

が経由されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第二、被告三橋に対する原告らの請求

(藤岡の売買に関する代理権)

被告三橋は、昭和三九年三月二三日、原告らの代理人藤岡嘉富との間に、別紙目録一から七の山林(その上にある立木及び同目録八・九の建物を含む)について、売買契約を締結したと主張する。そして、藤岡が、同日、その契約書である乙第一号証の原告守名下に調印することによつて、被告三橋との間に、右の売買契約を締結したこと自体は、原告らも争わない。

しかし、原告ら、特に原告守が、藤岡に対して、右物件売買に関する代理権を与えた点については、

1  証人藤岡嘉富及び同松岡達充は、ともに、藤岡が原告守から売買の委任をも受けていた旨の供述をし、成立に争いのない甲第九号証、第一三号証の二から六、藤岡証人の証言により成立を認める乙第四号証にも、同趣旨の記載があるけれども、これらの証拠は、成立に争いのない甲第八号証の一から三・七、第一四、一五号証、証人西原久里恵の証言によつて、同人が録取した録音テープの内容と認められる甲第五号証の一、証人古田政夫の証言及び原告守本人の供述と対照すると、到底信用することができない。

2  また、原告守名義の委任状である甲第一三号証の一一・一二には、原告守が藤岡に対して、売買その他一切の権限を委任する趣旨の記載がある。しかし、甲第一五号証、成立に争いのない甲第一三号証の五・八及び原告守本人の供述を綜合すると、甲第一三号証の一一は、原告守が、藤岡の求めによつて、金銭貸借のための委任状を交付したところ、藤岡が勝手に右の記載をした別紙を添付したものであり、同号証の一二も、同様に原告守から交付された白紙委任状に、藤岡が勝手に文言を記載したものであることが認められる(これに反する甲第一三号証の三、藤岡証人の証言は、信用できない。)。

3  そのほか、藤岡に売買に関する代理権があつたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、藤岡のした右売買契約は、当然には、本人である原告らについて効力を生じない。

(表見代理)

原告守が、当時藤岡に対して、別紙目録一から七の山林を担保に金銭を借用する代理権を与えていたことは、原告らの認めるところであるから、藤岡は、その代理権の範囲を越えて、被告三橋との間に、右売買契約を締結したことになる。そこで、相手方である被告三橋に、民法一一〇条にいう「正当ノ理由」があつたかどうかを検討しなければならない。(なお、次に認定するように、藤岡は、被告三橋に対して、代理人たる自己の氏名を表示せず、直接原告守本人の氏名を表示して契約しているが、一般に、そのような代理行為も可能であり、したがつて、その代理人に権限踰越があれば、表見代理の成否が問題となりうるものと解する。)

前掲第五号証の一、第八号証の一・三・七、第一四・一五号証、成立に争いのない甲第八号証の四・六、第一一号証、第一二号証の一・二、第一七号証の四、第一八号証、証人松岡達充(但し、その一部)、同古田政夫の各証言、原告守及び被告三橋本人の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次のような事実が認められる。

1  原告守は、昭和三九年一月ごろ、古田政夫を通じて、藤岡と知合になり、藤岡に対して、原告守所有の別紙目録一から六の山林及び父の原告梅五郎所有の同目録七の山林を担保に、他から一、五〇〇万円の融通を受けることを依頼し、その後右山林の現地を案内し、また、委任状(甲第一三号証の一一のうち一枚目の分)、白紙委任状(同号証の一二)と印鑑証明書(同年三月一八日付)を交付していた。

2  ところが、藤岡は、貸主が容易に見付からないところから、勝手に右山林の売買をも委任されたと称して、不動産取引業をしている松岡達充らにその買主の斡旋を頼んだ。

3  松岡を通じて右山林売買の件を知つた小野山郎二は、同年三月二〇日ごろ、株式会社銀ビル(不動産売買・仲介業その他を営む。)の代表取締役の被告三橋にその話を持ちかけた。被告三橋は乗気になり、同月二三日の午前中、小野山とともに、右山林現地において松岡から境界の指示・説明を受けて、松岡の申出た代金額二、〇〇〇万円を内諾し、早急に契約の締結をするため、登記申請の書類をととのえて、売主本人を同道するよう求めた。

4  そこで、松岡は、直ちに藤岡に右の経過を説明し、その日の午後、松岡・藤岡の両名が自動車で原告守を連れ出した。藤岡は、原告守に対して、金融を受けることができるからと告げて、右山林の権利証を交付することを求めたが、たまたま原告守が愛媛県森林組合連合会のため右山林に抵当権を設定し、その登記手続のため権利証を法務局に提出してあつたので、関係の司法書士からその旨の証明書をもらうにとどめた。松山市湊町三丁目の株式会社銀ビル事務所の近くに至るや、藤岡は「ちよつとここで待つていてくれ」「印鑑が要るかもしれんから、貸してくれ」と原告守に申入れて、その印鑑を借受け、原告守を車中に待たしたまま、松岡と銀ビルへおもむいた。それから約三〇分経つて、両名が戻つて来たが、藤岡は「契約はしなかつた」「印鑑は使わなかつた」と言つて、印鑑を原告守に返還した。

5  その間銀ビル事務所において、藤岡と被告三橋とが右山林の売買の交渉をしたのであるが、藤岡は、右の証明書と原告守の印鑑証明書を被告三橋に交付し、被告三橋が作成しておいた契約書(乙第一号証)の原告守の記名下にその印鑑を押しただけで、原告守の代理人として自己の名を明記することはせず、また、委任状を示したり、代理人の藤岡嘉富である旨の自己紹介したりもしなかつたので、被告三橋は、右印鑑証明書にある原告守の生年月日(明治四四年一月二六日生)にもさほど留意しないで、藤岡を原告守本人であり、契約は売主自身としているものと誤信し、藤岡に対して、売買手附金として額面五〇万円の小切手と額面合計五〇〇万円の約束手形を交付した。

6  その際、被告三橋が現地で指示を受けた原告梅五郎所有の別紙目録七の山林について話題になつたが、藤岡が、その売買については父を説得すると約束したので、被告三橋も了承し、契約当事者としては、原告梅五郎名を出さなかつた。また、右山林の上にある建物については、藤岡が未登記であるというので、被告三橋は、これを信じて、契約書には売買物件の末尾に「いずれも立木及び右地番内の建造物等一切を含む」とだけ表示した。実際は、別紙目録八の建物のうち家屋番号一三四番六木造瓦葺平家建居宅九八・一八平方メートルについては、原告守名義に所有権保存登記がされていた。

7  なお、藤岡は大正一五年一一月生であり、被告三橋はそれより約一歳年長である。

(甲第九号証、第一三号証の三・四・六、証人藤岡嘉富及び同松岡達充の各証言中以上の認定に反する部分は、採用できない。)

以上の事実関係のもとにおいて考察すると、買主の被告三橋にとつて、小野山は別として、松岡も藤岡も初対面の間柄と思われるのに、その人物・権限等について調査らしい調査もせずに、一方的に相手の云い分を信じて、現地を見たその日のうちに売買契約に持ち込んでいることは、被告三橋がその売買を有利な取引と考えたためであろうが、二、〇〇〇万円という代金額に照しても、軽卒のそしりを免れないし、買い急いでいる感を禁じえない。殊に、藤岡が、原告守の実印と印鑑証明書を所持し、本人らしい言動に出たにせよ、多年不動産取引に経験のある被告三橋が、それだけで藤岡を売主本人と誤解し、しかも、自己と同年輩の藤岡を十五歳も年上の原告守と誤信したのは、被告三橋にとつて、致命的な過失であるというほかはない。

そうすれば、本件において、被告三橋が、藤岡が売主本人であり、売買契約を締結する権限があると信じても、その信ずるについて過失があり、正当の理由があるとはいえないから、被告三橋の主張する表見代理は成立する余地がない。

(金子・被告三橋間の売買)

次に、被告三橋は、昭和三九年六月二五日、金子幸男から、別紙目録一から六の山林を買受けたと主張する。

ところで、金子は、第一の(ろ)のとおり、右山林について、同年五月二日までに所有権移転登記を経ているが、前掲甲第八号証の三、第一五号証、証人川上寛及び同古田政夫の各証言、並びに原告守及び被告(分離前)金子本人の各供述によると、原告守において、藤岡が、委任の範囲を越えて右山林その他を被告三橋に売渡し、右山林について、被告三橋のため所有権移転請求権保全仮登記(第一の(い))が経由されたことを知つたので、その対抗策を古田政夫及び金子幸男と協議した結果、原告守と金子間に右山林の売買を仮装して、その登記手続に及んだことが認められる。したがつて、右売買は、両者の通謀虚偽表示であつて、その効力を生じない。

もつとも、その無効は善意の第三者に対抗することができないから、被告三橋が、その後に善意で金子から右山林を買受けたとすれば、原告守としては、右売買の無効を主張しえない関係にあるけれども、本件においては、被告三橋の善意悪意を問うまでもなく、被告三橋の主張する金子との売買自体、これを認めることができない。その理由は次のとおりである。

証人川上寛の証言並びに被告高井及び同三橋本人の各供述によると、金子、被告高井及び同三橋の三者は、本訴提起後の昭和三九年六月二五日、本件に関する協議をして乙第六号証の契約書に調印したことが認められる。そして、右契約書の第五・六項には、金子が、被告三橋に対して、右山林を一、〇四〇万円で売渡すこと、被告三橋は、金子に対して、契約と同時に内金一〇〇万円を支払い、残代金は、本訴における原告守敗訴の判決確定後に、優先抵当債権を弁済して余剰があれば支払う旨の記載がある。これによれば、金子と被告三橋間に右山林の売買契約が締結されたようにもうかがわれるが、右契約書の他の部分には、金子は、原告守の特定承継人として、被告三橋に対し、仮登記(第一の(い)を指す。)上の義務を承継していることを確認する旨の記載があり、両者の関係について理解に苦しむものがある。(金子が被告三橋の仮登記の権利を承認するのであれば、その仮登記は金子の所有権移転登記に優先するから、被告三橋は、改めて金子から買受ける必要はない。)

要するに、右契約書の調印に関与した川上証人、被告(分離前)金子、被告高井及び同三橋本人の各供述を綜合して考えると、右契約書は、昭和三九年三月二三日の藤岡と被告三橋間の売買契約が有効であることを前提に、それによる被告三橋の権利を確保する目的で作成されたものであつて、未払代金(約定代金二、〇〇〇万円から藤岡に支払つた内金五六〇万円を控除したもの)は、将来被告三橋から直接原告守に支払うこととし、金子は、それについて異議がなく、本件から一切手を引き、その代償として、被告三橋は、金子に一〇〇万円を支払うとの趣旨が約束されたものと解するのが相当である。

そうすれば、右は、金子と被告三橋間における示談契約をいうべきものであつて、被告三橋が金子から前記山林を買受けたものとはいえない。なお、右の前提となつた藤岡と被告三橋間の売買契約が無効である限り、それに基づく原告守の義務は発生せず、金子がその義務を承継するいわれもないことはいうまでもない。

以上のとおりであつて、結局、別紙目録一から七の山林(その上にある立木及び同目録八・九の建物を含む。)について、被告三橋の主張する売買契約は、いずれも認められないから、被告三橋は、その所有権を取得することはできないし、他方、原告守は、無権利者である被告三橋に対して、別紙目録一から六の山林について、金子との売買の無効を主張することができる。

したがつて、原告らは、被告三橋に対する関係で、それぞれ第一に掲げた各物件につき所有権の確認を求め、また、原告守は、所有権に基づいて、被告三橋に対し、別紙目録一から六の山林について、実体関係を欠く第一の(い)・(に)の各登記の抹消を求めることができる。

第三、被告高井に対する原告守の請求

(所有権確認請求)

原告守所有の別紙目録一から六の山林及びその上にある立木について、被告三橋の売買契約が認められないこと、及び、右山林につき経由された金子の所有権移転登記(第一の(ろ))は、その実質関係が通謀虚偽表示による無効のものであることは、すでに第二において判断したとおりである。

ところで、証人川上寛の証言によると、古田政夫、金子及び川上寛は、昭和三九年五月はじめごろ、再三被告高井に対して、右山林の実際の所有者が原告守であることを告げて、そのため売買等の交渉をしていること、その後、原告守との間で売買契約は成立しなかつたが、被告高井は、右山林を担保に三〇〇万円の融資をしようということになり、同月一三日、被告高井のために抵当権設定登記(第一の(は))が経由されたことが認められる。(被告高井本人の供述中この認定に反する部分は、採用できない。)

そうすると、被告高井は金子が右山林の所有者でないことを知つており、原告守・金子間の右虚偽表示につき、善意の第三者ではないから、原告守は、その無効をもつて対抗することができ、したがつて、被告高井に対する関係において、右山林およびその上にある立木の所有権確認を求めることができる。

(抹消登記承諾請求)

原告守は、まず、第一の(い)の所有権移転請求権保全仮登記(昭和三九年四月九日受付)と(に)の所有権移転登記(同年六月二六日受付)の抹消登記について、承諾を請求する。

しかし、(い)の仮登記は、被告高井のための抵当権設定登記(同年五月一三日受付)に先行するから、その抹消によつて被告高井は何ら損害を被るおそれはない。また、(に)の登記は、右抵当権設定登記に後行するものであるから、その存否はもともと先行する抵当権設定登記の権利者には影響がない。

したがつて、(い)及び(に)の登記の抹消について、被告高井は、登記の形式上損害を被るべき第三者には当らないから、被告高井に対する承諾請求は、すでに主張自体理由がないことになる。

次に、第一の(ろ)の所有権移転登記は、先に判断したとおり、原告守と金子間の通謀虚偽表示によるものであるから、金子は、原告守に対して、右登記を抹消すべき義務がある。そして、右登記の権利者である金子が、被告高井のために、第一の(は)の抵当権設定登記を経由したことは、登記の形式上明らかであるから、(ろ)の登記の抹消について、被告高井は、不動産登記法一四六条一項にいう利害関係を有する第三者に該当する。

そこで、被告高井に右登記抹消について承諾する義務があるかどうかを検討する。前掲甲第一五号証、成立に争いのない乙第七号証の一から六、証人川上寛、同古田政夫、同西原久里恵の各証言、並びに、原告守、被告(分離前)金子及び被告高井本人の各供述を綜合すると、次のような経過が認められる。

1  原告守は、かねて愛媛県森林組合連合会(以下県森連という。)との間に、継続的木材市場買方取引契約を結んでいたが、それに基づく債権を担保するため、昭和三九年四月一日、別紙目録一から六の山林について、元本極度額五〇〇万円の根抵当権設定登記を経由した。

2  ついで、前記のような事情で、被告三橋への対抗策として、原告守は、金子との間に右山林売買を仮装して、同年五月二日までに、金子のため所有権移転登記を経由した。

3  同年五月一日ごろ、原告守、金子、古田、橋田弁護士及び川上司法書士がイワゼキビルに集つて、原告守のため善後策を協議した。席上、右山林を担保に裁判費用の融通を受ける相談をしたがまとまらず、古田が、原告守に手取一、五〇〇万円が入る方法で右山林を売却する案を提出した。これに対して、原告守は、格別反対の態度は示さなかつた。

4  そこで、金子・古田らは、買手の物色をはじめたが、川上の紹介によつて、金融業の被告高井を知つたので、被告高井に事情を説明して、右山林売買の交渉をした。

5  同月三・四日ごろ、被告高井は、金子・古田・川上とともに右山林の現地を見分したが、右山林に被告三橋の仮登記や県森連の根抵当権があることを理由に、現段階では買えない旨を告げた。そのため、金子が、原告守のため裁判費用が要るから、右山林を担保に三〇〇万円貸してくれと申込み、被告高井の承諾をえた。そして、被告高井の依頼で、川上が抵当権設定登記申請の書類を作成したうえ、同月七日に三〇〇万円の授受をすることが了解された。

6  同月六日(都合で取引が一日早くなつた。)、松山市二番町の「サン」喫茶店に、原告守夫婦、被告高井、金子、古田及び川上が集つた。ところが、その日になつて、原告守夫婦が被告高井から金を借りるのは厭だと言い出したため、被告高井が、持参した現金三〇〇万円をテーブルの上に投出して憤慨するような場面もあつたが、古田らがなだめて、原告守も、その真意はとも角、表面上は被告高井から借用することを承諾した。そして、相談の結果、三〇〇万円は、裁判費用ではなく、県森連に対する原告守の残債務の弁償に充てたうえ、県森連の前記根抵当権を被告高井に譲渡してもらうことになつた。

7  原告守、被告高井、金子及び川上は、そこから自動車で県森連本部へおもむいたが、担当職員が不在のため、交渉できなかつた。

8  翌七日、原告守、金子及び川上(被告高井の代理として)が県森連本部に落合い、職員と前記根抵当権の譲渡について交渉をしたが、県森連の承諾はついにえられなかつた。(その理由が、原告守本人の供述するように、原告守と職員の半ばなれあいによるものかどうかは、確認できない。)そのため、県森連に対する原告守の債務も支払われなかつた。

9  川上は、同月一三日、右山林について、被告高井のための抵当権設定登記手続をとつた。

ところで、問題は、被告高井が原告守又は金子に対して三〇〇万円を交付したかどうかということである。被告高井本人は、県森連本部の前で車を停め、(7のときを指す。)、川上・原告守の面前で、抵当権設定登記申請書と引換に、三〇〇万円を金子に渡したと供述し、川上証人も、これに符合する供述をしている。(但し、川上証人は、誰が受取つたかは見てないという。)しかし、川上証人及び被告高井本人の各供述には、次のような疑問がいだかれる。

まず、証書上の借主が誰になるかはさておいて、右認定の経過からすると、実質上の借主が原告守であることは疑いがない。古田や金子が奔走して来たのは、原告守のための売買であり、金融である。被告高井も、十分これを知つており、だからこそ、原告守夫婦が借りないと言い出したとき、憤慨したのである。そうだとすれば、原告守が意を飜えして借用することになつた以上、被告高井が金銭を交付すべき相手方は、当然原告守でなければならない。しかも、三〇〇万円の使途は、県森連に対する原告守の債務の弁済にあるのだから、被告高井がみずから代払いするか、原告守に支払わせるかが通常の方法であろう。被告高井が、かたわらにいる原告守を差置いて、金子に三〇〇万円を交付するというのは、何といつても奇異の感がある。

さらに、抵当権設定登記申請書と引換に三〇〇万円を交付するのは、一見合理的処置のようであるけれども、本件の場合は、6に認定したように、抵当権設定ではなく、県森連の根抵当権の譲渡が予定されていたのである。(県森連の根抵当権設定登記は、被告三橋の仮登記に優先するから、その抵当権の譲渡を受ければ、債権者の被告高井にとつて、はるかに安全かつ有利であることは、いうまでもない。被告高井本人も、このことを認めている。)金融業者である被告高井が、右譲渡の成否が確定していない五月六日の時点で、より不利な担保方法によつて金銭を融通するだろうということは、容易に想像できない。

なお、前掲乙第六号証によると、その契約書第四項に「五月六日本件不動産を一、五〇〇万円で金子が被告高井に売渡す予約をなし、即日、被告高井は金子に対し現金三〇〇万円を交付し、金子がこの金銭を原告守に手渡した」旨の記載があつて、金子もこれを承認しているものと認められるが(もつとも、金子本人は、本件において、金銭の授受は見てない、翌日被告高井から原告守に渡したと聞いた旨の供述をしていて、右記載とはくいちがつている。)、右契約書は、本訴提起後に被告ら間で作成されたものであつて、少くとも右記載に関しては、証拠価値は乏しい。

また9に認定したとおり、五月一三日に川上司法書士が前記抵当権設定登記手続をとつており、このことは、登記名義人である金子が、権利証・印鑑証明書等を川上に提供していることをうかがわせるが(その時期及び事情は、証拠上明らかでない。)、本件係争前後における金子の行動を見ると、ときに原告守側、ときに被告三橋又は同高井側と去就向背がめまぐるしくて、必ずしも信頼できないものがあり、したがつて、金子が右登記手続に協力した事実があつたからといつて、現実にも、被告高井・金子間に金銭の授受があつたものと推測することは困難である。

以上のように、川上証人及び被告高井本人の前記供述については、それ自体に疑問があるばかりでなく、他にその真実性を裏付けるべき的確な資料にかけており、これを金銭授受の点を極力否定する原告守本人の供述と対比すると、果して、被告高井が、昭和三九年五月六日に、原告守又は金子に対して三〇〇万円を交付した事実があるのかどうか、不明であるといわざるをえない。

そうすると、被告高井は、前記抵当権の基本たる金銭貸借の存在について証明できないことになり、金子のための所有権移転登記(第一の(ろ))が抹消されることによつて被るべき実質上の不利益も認められないことに帰する。かような場合、登記上の利害関係者たる被告高井は、右登記の抹消について承諾する義務があると解するのが相当である。

第四、むすび

よつて、被告三橋に対する原告らの請求は、全部正当であるから認容し、被告高井に対する原告守の請求は、所有権確認と第一の(ろ)の登記抹消に対する承諾請求の限度で正当であるから、これを認容し、その余の部分を棄却し、民事訴訟法八九条、九二条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

別紙

目録

一、松山市御幸町四九一番        山林   九三二平方メートル

二、同所    五〇一番        山林 二、九七五平方メートル

三、同所    五〇二番        山林 四、九五八平方メートル

四、同所    五〇三番        山林 一、四四一平方メートル

五、同所    五〇四番の一      山林三四、六六七平方メートル

六、同所    五〇四番の二      山林   二五四平方メートル

七、同所    五〇四番の三      山林 二、九七五平方メートル

八、同所    五〇四番の三

家屋番号一三四番六

木造瓦葺平屋建居宅       九八・一八平方メートル

木造トタン葺平家建作業所   一二三・九六平方メートル

九、同所    五〇一番

木造トタン葺平家建       三八・一八平方メートル

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